3週前の人流がデルタ株の増減と最も相関していたという解説
まずこちらの散布図をご覧ください。これを見ても特に興味が湧かなかった人は、この先を読んでもたぶんおもしろくないです。これから、どうやってこの図にたどり着くかを解説していきます。
人流と感染者数の正しい見方
緊急事態宣言やまん防などについて、効果が出ているかどうか、一般のニュース番組などでサラッと触れるだけの場合、次のような図が示されることがあります。しかしこれははなはだ不親切と言わざるを得ません。むしろこんな図を見せられてもふつうは効果が出ているのかピンと来ないので、「緊急事態宣言に意味はない」などとする論説を勢いづかせてしまいます。
最低限、図示にあたって必要なのは人流です。ここでは、LocationMind xPop の提供による、都内の主要繁華街の人流データを使いました。
下記の図を見れば、少なくとも政府による行動制限が人流に影響を及ぼしていることは明らかでしょう。その上で、人流を減らすことが感染者数の抑制にどれだけ寄与しているのかを、ここから少しずつ浮き彫りにしていきます。
※ お盆と年末年始の人流は、都民は帰省などで移動しているはずだが、繁華街の人流データには反映されないので、不整合を避けるために空白としている。
まず、感染者数そのものの替わりに、感染者数の前週比を示します。専門家会議などの資料や、少ししっかりした報道番組なら、ここまで掘り下げることもめずらしくないでしょう。しかし見るべき指標という意味では正しいのですが、まだ不足です。
※ 場合によっては前週比の替わりに実効再生産数になることもありますが、右の目盛りが変わるだけで、実質的にはまったく同じこと。
まったく同じ人流でも、アルファなら減らせるけどデルタは増えてしまうといったことがありえますから、人流に対する前週比は必ず変異株ごとに見なければなりません。ひとつ前のグラフを灰色で示していますが、7月の段階ではアルファを含んだ感染者数全体より、デルタだけの前週比はずっと高かったですし、年明けのオミクロンの爆発に比べれば、デルタ自身の増加比はそこまで大きくはありませんでした。
※ 誤差が大きくなるのを避けるため、デルタ株が全体の10%以上を占めていた時期のみ。
さらに、ワクチンの効果を考慮しなければなりません。青色がワクチンが「なかった場合」の前週比で、ワクチンのおかげで現実には灰色のレベルまで前週比を下げ続けてきたということになります。
ちなみにデルタ当時は、従来株に比べてワクチンの効果が劣ると言われていましたが、結果的には非常に高い効果をもたらしていたことが、感染が下火になった後になってわかってきました。まだ当時は欧米の接種後数ヶ月を経たことによる効果の低下と、デルタに対する効果の低下が区別されていなかったせいで、誤った理解がされていたのかと推察しています。そして、この誤った情報と実際の高い効果の差が、いわゆる「ファクターX」の大部分を占めていたと考えています。
さて、感染を防いでくれるのは、ワクチンだけでなく、感染による自然免疫もあります。特に、デルタはかなりの規模で感染が広まりましたし、検査して感染者として発表された人だけでなく、気付かずに感染して無症状のまま免疫だけを獲得した人がその何倍もいると推定されます。ここでは、日本の従来株時の調査で報告された「発表された感染者数の4倍」という想定で、ワクチンと同様に自然免疫の効果を差し引きます。全体に与える影響はワクチンより小さいですが、無視してよいほどでもありません。
※ 感染から2週間で、自然免疫がワクチン2回接種と同等の効果を持つと想定。デルタ時の自然免疫の効果は85%というアメリカの報告がある。
※ 日本の従来株時で実際の感染者が発表の4倍という倍率は、デルタ時にどうなっているかはまだ不明。ワクチンの普及のおかげで無症状のまま気付かないひとが増えている可能性はある。アメリカではデルタ時に4倍という推計があるが、国が違うことは大いに考慮されるべき。※ 2月17日追記: 日本のデルタ時の速報で、実際の感染者(抗体保有者)と発表の感染者がほとんど変わらないという調査結果が出た。さすがに従来株時の調査とも空港検疫の無症状率とも海外の推計とも矛盾が大きく、速報の「留意点」としても、抗体を十分に獲得できない感染者もいることや、抗体が長期的に減衰することが付記されている。
ここまでやって初めて、人流と前週比の関係を正しく見比べることができます。赤丸で示した人流が、少し右にずれて青丸の前週比と連動している様子がつかめてきたでしょうか。
いよいよ散布図です。まずはデルタの前週比を、1, 2, 3, 4週前の人流とそれぞれ比較してみましょう。どれもある程度の相関はありそうですが、特に3週前がきれいに相関しているように見えます。(人流も感染者の増減も連続的に変化しますから、3週前が相関していれば2週前や4週前もそれなりに相関します)
※ いちばん左に伸びている人流の最低点は、8月16-22日の微妙にお盆とかぶっている週なので、本来はもう少しだけ右側にスライドした位置を想定すべきと思われる。
基本的にはここで終わってもよいのですが、さらに精度を高めるかもしれない補正を紹介しておきます。
それは「祝日のあった週の翌週は、前週比が大きくなる」という経験則に基づく補正です。医療機関の休診の影響で翌週にしわ寄せが出ているとか、単純に休日が感染機会を生んでいるのかもしれません(翌週すぐ現れるので3週のズレとはまた別の機序か)。本来は祝日の曜日別に数年分のデータで統計を取りたいところですが、そんなデータはないので、ひとまず「祝日の日数 × (1/7) だけ前週比が増している」と仮定して、その分を差し引きます。結果、少しだけ目立っていた上方向の突起が、きれいにへこみました。
※ (1/7)という補正値は現時点では恣意的だが、データさえ蓄積されれば統計的に値を決めて反映できる、統一的な操作だという点が大切。また、お盆の週はカレンダー通りに加えて2日分、年末年始は3日分を加算しているが、この加算量についても同様。
このようにして、「3週前の人流」がデルタ株の増減に最も相関していたことを可視化できました。同様の手法で、LocationMind xPop の提供による繁華街ではなく、Agoop の提供による新宿の人流を元にした図も示しておきます。こちらは全国多数の観測地点が用意されている中で、人力の限界と代表性の観点から新宿を選んでデータ化しているだけなので、より多くの地点のデータを元にすれば、さらに精度は高まるものと思います。
人流こそが悪なのか?
いったん脱線します。ここまで長々と、人流が感染の増減をもたらしていることを浮き彫りにしてきましたが、ことさら人流が悪であると言いたくない気持ちもあります。あくまで 悪いのは感染なのです。
本来であれば、人流抑制に頼らない感染対策があればよいのですが、幸いにも日本人はマスクは既に着用していますし、徹底した黙食を大人に強いることは現実的ではないと考えられているため、やむなく根元の人流から断つしかないというのが実情だと思います。
しかし、たとえば変異株が少しずつ世代間隔を短くしてきたことも活かして、徹底した本気の黙食3日間キャンペーンを打ってみるなど、ワクチンや人流抑制に頼らない方法がもっと模索されてもよいとも感じます。何ヶ月も続ける行動抑制より、費用対効果はよほど高い気がしますが、都民や国民の心をひとつにするには、隕石やゴジラが来襲しないと難しいでしょうか?
3週遅れる理由
さて話を戻して、どうして人流に対して3週も遅れるのか考察しておきます。
まず、感染から報道発表までは、少なくともデルタにおいておおむね7日間の遅延があります。また、感染者同士の発症間隔は平均して4日、発症から診断までの平均は2日と推定されていますから、次のような時系列が考えられます。
0日 感染
+4日 発症まで
+6日 診断まで
+7日 報道発表まで
+11日 2次感染の報道発表まで
+15日 3次感染の報道発表まで
+19日 4次感染の報道発表まで
それに加えて、下記のような事情が考慮されるべきです。
- 週の区切りを「日曜までの7日間」としている影響
- そもそも感染のきっかけとなる人流が週末に偏っている可能性
- 検査は週末に少なく月曜に多いことで、感染発表が火曜以降に偏る
- 最初の人流をきっかけにした感染から何日も遅れて発生する、家庭内や施設内の2次・3次感染の影響
- あくまで3週目に最も相関するだけで、最速の影響は1週後から出はじめて、3週目に最大となるだけ
とは言え、機序の解明も興味深いことではありますが、「3週前の人流と相関するのは偶然の一致で、もっと長期的に見ていけば、散布図はバラバラになっていくはずだ」ということでもない限り、感染者数を予測する上では、結果だけを活用することができます。もっとも、オミクロンに対しても同じ結果が得られるかは、引き続き検証が必要です。
考えられる誤差
「本来描かれるべき真の散布図」に対して、バラツキを大きくさせてしまう要因を列挙しておきます。
- 検査飽和の誤差: 8月ごろの検査数が限界を迎えていたことで、感染者数や前週比がピーク前は過小に、ピーク後は過大になっています。ただし、大きく見積もっても20-30%程度のズレではないかと思います。
- 変異株比率の誤差: 感染者数全体に対するデルタの比率は、統計上の標本誤差を避けられません。仮に、統計的に理想的なスクリーニングができていないとすれば、誤差はさらに大きくなります。
- 人流測定地点の限界: ここで用いた人流は、都内7箇所の繁華街や、新宿だけのものです。より幅広いデータを正しく用いれば、より実態に近づくはずです。
- 人流読み取りの限界: 人流は公開されたグラフを人力で読み取っています。あってもせいぜい1-2%だと思っていますが、ブレはあるかもしれません。
- 人流データの正しさの限界: いずれの公開データも、あくまでGPSなどを元にした推計値ですから、真の値とは言えませんし、実際、後日修正されることもあります。
- 感染者数が少ないときの誤差: 10-12月にかけては特に絶対数としての感染者数が少なく、クラスター発生の偶然などで前週比がブレやすくなっています。
- 年代別の感染者数、接種率による精度: 感染者数や接種率は年代ごとに推移が異なるので、本来はそれらを分けて分析した方が精度が高まると思われます。
感染者数の最大値の影響 (都民のびっくり度合い)
ついでに、5週予測で用いている、感染者数の最大値についても触れておきます。すなわち、「感染者数が多いと都民がびっくりして、人流を減らすなどの影響を経て、最終的に感染者数の前週比を減らす」というものです。心理的影響を数値としてくみ取っている割には、大きな流れをつかむくらいには十分役立つと言えます。
なお、ここまで見てきた人流や感染者数との関係は、基本的には「従来株時の都医学研の研究が、デルタでも(ワクチンなどの追加要素を考慮すれば)当てはまりました」という結論になります。
デルタとオミクロンの前週比の関係
最後に、デルタの前週比が予測できれば、それに基づいた二段ばしごとはなりますが、オミクロンの前週比も推定できます。これには、貴重な先行事例となった海外のデータが役に立ちました。
※ 詳細は割愛しますが、右肩上がりの曲線上に並ぶはずだと推定できるということです。
ちなみに、日本でのオミクロンのデータが蓄積されるにつれて、オミクロンと人流についての散布図も少しずつ描けるようになってきていますが、今回のオミクロンの検査飽和の程度はデルタ時よりずっと深刻なので、前週比に基づく予測を極めて難しくさせています。
参照
- 繁華街の人流データ: 都内主要繁華街における滞留人口モニタリング
- 新宿の人流データ: 新型コロナウイルス拡散における人流変化の解析
- 東京の感染者数を5週間ぶん予測した (2月15日版)