第9波が「ゆるやかな大波」になる懸念

(8月25日、第9波の中間報告となる記事を書きました) knoa.hatenablog.com

(8月15日、以下の3点を補足追記)

  • 記事公開時点の5月8日において、「今後のワクチン接種が当分ほとんど見込めない」というのは、まったくの誤りでした。5月8日以降に始まった主に高齢者を対象とした6回目接種は、かなり順調に進んでいます。感染の大半を占めるのは若者なので、感染規模をそこまで抑制するわけではありませんが、入院の大半は高齢者なので、入院者数の低減には大きな効果をもたらしています。
  • XBB.1.16の感染力は、既存のXBB.1.5やXBB.1.9.1などに比べて、そこまで強くありませんでした。ただしその後、6月以降に増えだしたEG.5.1は、既存のXBBより頭ひとつ抜きん出ているようです。既存XBBだけであれば本来そろそろ前週比1倍を切るころだったはずが、EG.5.1が登場したせいで全体としての1倍切りはしばらく持ち越しになった、というのが今の状況です。
  • なかなかしっかりした記事を書けていませんが、役に立つグラフは随時更新しています→ https://f.hatena.ne.jp/Knoa/COVID-19/

(追記ここまで)


見出し太字赤字だけを流し読みしても、だいたい要点はつかめます。

本記事は、第9波の具体的な予測ではなく、過去の波に比べてどのような点が違うのかを、大局的かつ理論的な面から紹介するものです。


第9波もそのうちまた倍々ゲームになるの?

いいえ。おそらくは。

悲観的な人は、今回の第9波でも毎週「倍々ゲーム」のような急増期が来るのではないかと心配しているかもしれませんが、いまのところその心配はありません。下図に示す通り、第9波の●新興株XBBの前週比は、それほど大きくありません。第6波(BA.1)や第7波(BA.5)の時と違って、今回は水面下で倍々に増えている変異株は存在しないのです。

ゴールデンウィーク明けに限ってはリバウンドで前週比が大きくなるかもしれませんが、それはあくまで一時的なものです。

※ 後述しますが、倍々「近く」になるかもしれない変異株は、残念ながら存在しています。


感染の波ができる仕組み

感染の波ができる仕組みを、おさらいしておきましょう。まず初めに、免疫が存在せず、人々の行動も毎日まったく変わらない世界を考えてみます。そうすると当然、今週も来週も何も変わらないわけですから、今週の感染者数の前週比が1.2倍なら、来週も1.2倍になります。(当たり前ですが「今週の感染者数が1200人なら、来週の感染者数も1200人だ」ではありません。同じになるのは前週比であって、感染者の人数ではありません)

しかし実際にはもちろん、毎日まったく同じ日々を過ごしたとしても、感染すれば寝込む人もいるし、回復すれば免疫を身につけているので、すぐにまた感染する確率は低くなります。すると、新規の免疫のおかげで前週比は少しずつ小さくなっていくわけです。これが前週比の大原則。どれだけ過去に免疫を蓄積していようと、先週と同じ免疫状態では、先週と同じ前週比のまま。あくまで「新規」の免疫獲得が必要です。また、個々の変異株の前週比が下がる中で、拡大初期に●合計の前週比が上がっていくのは、あくまで下がり続ける●新興株の前週比に近づいていった結果、そう見えているだけです。

ただし、現実はもちろん、このような単純なグラフ通りにはいきません。前週比に影響を与えるもうひとつの大きな要因が、人々の行動です。もともと人流と表現することが多かったですが、今はマスク着用率なども含めて、人々の行動と表現したほうが適切でしょう。

飲み会の開催人数が4人から6人に増えれば、その場で感染する人数も多くなりやすいのは当然ですね。マスクを外すのも同様です。全体として先週よりも人々の行動が活発になれば、今週の前週比は大きくなるのが道理です。(ただし前週比が大きくなるというのは、必ずしも感染者数が増えるという意味ではありません。前週比0.6倍だったものが0.9倍になるだけなら、感染者数は減り続けるでしょう)

結果として、本来は免疫によって「少しずつ小さくなるはず」だった前週比が、人流増によって逆に上向いたり、人流が急減すれば前週比も少しずつではなく大きく急落したりすることがあるわけです。

その観点では、新型コロナが5類に変更されて人々の行動も前向きになっている中、人流は今後しばらく、増える可能性はあっても、大きく減ることは考えにくいと考えるのがふつうでしょう。しかし、実は現実はそうではなく、●2023年の人流は年明けから少しずつですが減少傾向にあります。この理由はよくわかりません。意外ですね。

2023年5月8日 東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング資料より(5月9日追記: 5月8日公開の最新版に差し替えました)

まさかこのままずっと減少が続くことはないとは思いますが、今後の人流が増えるか減るか、はたまた今の水準を保つのかは、分からないというのが謙虚な解釈でしょう。以前は感染が拡大すると人流が減る傾向が顕著でしたが、今はそんな時代ではなくなっています。(なお、東京ではすっかりテレワークが定着しているので、例え増えてもコロナ前の◎2019年の水準にいきなり戻ることはないと思います。また、毎年ゴールデンウィーク明け直後は人流の回復がやや低調ですが、それぞれ当時の感染状況があった上での傾向なので、今年どうなるかはわかりません)

いっぽう、マスク着用率は、元が100%近かったですから、基本的には減っていくものと思われます。ただし、感染が拡大すれば自然と着用率が増えることはありえますし、仮に医療逼迫の恐れが生まれれば政府にはもう一度マスク着用を推奨するという切り札もあるので、その時は着用率だけに留まらず、人々の行動全般に与える心理的アナウンス効果も大きいかもしれません。


第9波にはワクチン接種による支援がない

実は先に紹介した波の一生のイメージ図では、まだ触れていない要因がありました。それがワクチン接種による獲得免疫です。もともとワクチンは、発症や重症化を防ぐ効果に比べれば感染自体を防ぐ効果は低いのですが、それでも集団全体の前週比に影響を与えるには十分な威力があります。

改めて、例えば「感染規模を上回る1日3万回のワクチン接種が、期間を通して継続される」ものとして計算し直すと、イメージ図は次のようになります。●ワクチン接種の効果で、感染による免疫だけの時よりも速やかに前週比が下がっていくことがわかります。

実際のワクチン接種は感染規模が大きいほど人々が接種を希望しやすいという側面もあり、「1日3万回」のような一定ペースではまったくありませんが、過去の大きな感染の波は、同時期に感染以上に大規模なワクチン接種による支援を受けていました(ただし本来は同時期に支援するより、イギリスのように感染拡大するより前に支援した方が効率的です)

その大規模なワクチン接種が、今回はほとんど見込めません

すると、ワクチン接種だけでなく人流減にもマスク着用増にも頼りにくい第9波では、前週比を下げる要因が主に感染による免疫だけとなり過去の波に比べるとなかなか前週比が下がらず、「ゆるやかな大波」になる懸念があるというわけです。


免疫の威力はどんどん増していく

いっぽうで、楽観的な見方として、「免疫の天井に近い」という可能性はあります。極端な例かつ感染確率をゼロイチで捉えた理論上の話ですが、100万人のうち10万人が免疫を獲得しても、感染しうる人々は90万人残っていて元の0.9倍にしか減らないのに対して、100万人のうちすでに90万人が免疫を持っているなら、残り10万人のうち追加で2万人が免疫を獲得するだけで感染は0.8倍にできます。第7波より第8波、第8波より第9波のほうが、少ない追加免疫でも大きな効果が得られるはずだとは言えるでしょう。

ただし、免疫の天井効果は天井近くまで免疫が蓄積されればされるほど強くなりますが、少なくともイギリスのように1年も前から感染対策を緩和して感染しまくった国に比べれば、日本人の蓄積はまだまだだとも言えます。


さらに新たな変異株は現れるのか

はい。そのうち目に見えてくるでしょう。

今増えているXBB.1.5やXBB.1.9.1などの新興株とは別に、インドで増えたさらに少しだけ感染力の強いXBB.1.16が、日本でも既に広まっています。国際データベースGISAIDによれば日本でも既に306例が報告されていて、比率で言えば5月の現時点で感染全体の20%ほどとも推計できるレベルなので、限られた地域だけで運良く収束するといった可能性は、もうないでしょう。ただ、いまのところ、国立感染研による国内の市中を対象にしたゲノムサーベイランスには含まれておらず、おそらくまだXBBなどの他の系統として、ひとまとめにされてしまっているものと思われます(新しい系統を区分し直すのが遅くなったことは、過去にもありました)。逆に台湾ではXBB.1.16が「日本から」流入したことがニュースになっているくらいなので、日本の警戒感の薄さが気になります。

(追記) …と、書いて本記事を公開した矢先に、都の変異株報告書にXBB.1.16が含まれるようになっていました。1週分だけなので、前週比を推計することはできませんが、4月17日までの時点で都の感染全体の14%を占めています。現時点では少なくとも20%、多ければ30%に達していてもおかしくありません。もっとも、統計誤差が非常に大きいので、日本全体の統計にも反映されるのを待ちたいところです。

なお、それ以外の強力な変異株は、世界に目を向けても、いまのところ見つかっていないようです。ただしもちろん、いずれは現れるでしょう。


イメージ図を描くシミュレーションに用いたデータ

波の一生を形作る各要因を紹介し終えたところで、イメージ図を描いた元データを示しておきます。ただしあくまで、大きな要因のひとつである人々の行動が、期間を通してまったく変わらないというという前提なので注意してください。

既存株
前週比
新興株
前週比
合計の
感染者数
前週比
既存株
週平均
新興株
週平均
合計の
感染者数
週平均
ワクチン
接種数
週平均
1.00 2.00 1.05 1000 100 1100 30000
0.97 1.95 1.06 975 195 1170 30000
0.95 1.90 1.11 926 370 1296 30000
0.93 1.85 1.19 857 685 1542 30000
0.90 1.80 1.30 771 1234 2005 30000
0.87 1.75 1.41 675 2159 2833 30000
0.85 1.69 1.49 571 3657 4228 30000
0.82 1.63 1.52 466 5966 6432 30000
0.78 1.56 1.50 363 9295 9658 30000
0.73 1.47 1.44 267 13662 13929 30000
0.68 1.36 1.35 182 18633 18815 30000
0.62 1.24 1.24 113 23136 23249 30000
0.56 1.11 1.11 63 25707 25770 30000
0.49 0.98 0.98 31 25309 25340 30000
0.44 0.87 0.87 13 22115 22129 30000
0.39 0.79 0.79 5 17368 17374 30000
0.36 0.72 0.72 2 12489 12490 30000
0.34 0.67 0.67 1 8379 8379 30000
0.32 0.64 0.64 0 5329 5329 30000
0.30 0.61 0.61 0 3251 3251 30000

設定条件

※ 人々の行動が期間を通してまったく変わらないという仮定。
※ 感染者数やワクチン接種数は週平均なので、週合計では各7倍となる。
※ 表やグラフに示しているのは実際の感染者数を想定した「2倍」にする前の、発表の感染者数。
※ 実際の免疫は個人単位では有無ではなく量であり、変異株やワクチンの組み合わせごとに効果が違うなど、とても複雑。また、ここでは免疫の減衰の影響も考慮していない。


現実の日本

そしてこちらは、現実の日本全体の主な変異株ごとの推移です。にぎやかなグラフになってしまいましたが、おおむね、「新しい変異株が登場しては、前週比を下げていくという傾向をつかんでいただけると思います。また、このように感染総数ではなく変異株ごとに見るなら、「前週比が右肩上がりになるのは、人流が回復した時だけである」ということもわかるでしょう。前週比を上げる要因としては免疫の減衰もありますが、人流に比べて急には変化しないのです。(減衰が新規獲得の影響を上回るとすれば主に感染が落ち着いている時ですから、結局それは人流回復のタイミングと同じになりやすいという事情もあります)

まとめると、

個別の変異株を単体で見た時の、前週比を下げる要因は主に

  • 行動変容(人流の減少など) ←第9波では予測しがたいが、マスク再推奨の切り札はある
  • ワクチン接種による免疫 ←第9波では期待できない
  • 感染による免疫 ←第9波では免疫の天井に近い効果が期待できる

個別の変異株を単体で見た時の、前週比を上げる要因は主に

  • 行動変容(人流の増加やマスク着用率の減少など)
  • 免疫の減衰

となります。

このほかには季節要因も考えられますが、割愛します。(悪天候や台風、または人為的な帰省や歓送迎会のようなものを除けば、短期ではなく中長期の影響になるはずです。また、季節性のはっきりしているインフルエンザよりは、影響は小さいでしょう)

なお、今の第9波を作りつつある●XBB.1.9.1は、まだ誤差は大きいものの、平均すると前週比1.4倍程度でスタートしています。2倍や4倍でスタートしていた過去の変異株に比べれば、前週比1.0を切るまでの道のりは本来短いと言えますが、低空飛行でも前週比1.0倍さえ上回り続ければ、第8波のように緩やかな大波となります。逆に絶対数が大きく増えないうちに1.0倍さえ切ってしまえば、あとは0.9倍になるまでゆっくり何週間かかろうが、大した脅威ではないでしょう。どちらになるかは、とても微妙なラインだと思います。

いっぽうで、先のグラフにはないですが、日本でGISAIDデータベースに報告されているXBB.1.16は、まだ誤差は非常に大きいものの、平均すると前週比1.8倍程度のスタートを切っているようです。今後は●XBB.1.9.1よりも、こちらが主力となる可能性が高いでしょう。下記に、先ほどの感染研のデータとは別のGISAIDのデータを元にした、●XBB.1.16入りのグラフを参考までに示しておきます。(感染研によるグラフより統計誤差が大きめです)

5月8日以降は感染者の総数がわからなくなってしまいますが、5月8日までのゲノム解析はまだ終わっておらず、今後しばらくは前週比が推計できるデータが蓄積されるはずなので、注視していきたいと思います。


第9波のシミュレーション

最後に、東京都での第9波の初期環境を4月1週目とみなして、

設定したシミュレーションを示します。ただし、あくまで人々の行動は一定という前提です。(連休なども考慮されていません)

結果は7月に週平均3万3000人のピークとなりました。しかしピークの時期や規模は設定条件次第で大きく変わるので、この推移はごく一例となります。特に、第9波の主力になると思われる●XBB.1.16は、東京に限定したデータが存在せず、日本全体での比率を無理やり当てはめていますから、現段階の推計は当てになりません。また、現実の人流も4月1週目からはやや減少傾向で推移していますから、既に下振れしているとも言えます。

下記にGoogleスプレッドシートを用意したので、興味があればご自身のGoogleドライブにインポートしたり、ダウンロードしてからExcelなどで、数字をいじることができます。先述の条件では合計ピークが3万3000人となりましたが、●XBB.1.16の初期値の影響が極めて大きい(前週比1.8倍ではなく1.6倍スタートなら合計ピークは1万8000人になる)ことや、個人にとってのワクチンによる感染を防ぐ効果が例え30%と低くても、ワクチンの支援が少ないからこそ感染規模が大きくなっている(毎日2000回ではなく毎日3万回=期間中に都民の30%が接種なら合計ピークは1万人になる)こと、また「最初の時点で免疫を持っている人」による免疫の天井効果は、かなり天井に近くないとなかなか大きな効果にはならないことなどを、確認してみてください。

また、こうしたシミュレーションを上にも下にも大きく変動させる威力を持つのが、人々の行動でもあります。(スプレッドシートでは変動させることもできます)


あとがき

今回は短中期的な予測ではなく、大局的かつ理論的な面から、これまでの波と第9波の仕組みを紹介しました。

結局のところ、医療さえ逼迫しなければ(東京都の入院が実質限界の4000を超えなければ)、あとは仕方ないという気持ちでいますが、毎回「もう今度は大丈夫では?」と期待しておきながら、裏切られているので、油断できません。入院数は5類移行後も継続して報告されるようですが、5類になることで入院4000の実質限界は変わるのでしょうか?どちらの方向に?

前回の記事に追記して気になったのは、イギリスはどの時期に調査しても全国民の3%が後遺症を患っているという状況だということです。1%が回復しても、別の1%がまた患うといった調子です。こればかりは、良い薬ができることを切に願いたいと思います。

前回記事: knoa.hatenablog.com