どうしてゲノム解析予算は効率的に使われなかったのか?

東京都は昨年7月には月間3万5000件、年間で17万件というめちゃくちゃな量のゲノム解析をしていました。
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/corona_portal/henikabu/screening.files/genomu0505112.pdf

それがいまや、週100件規模にまで削減されてしまいました。※1※2
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/corona_portal/henikabu/screening.files/genomu0506292.pdf

※1 上記URLは毎週廃棄されるので、下記から「ゲノム解析結果の内訳[週別]」をたどってください。
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/corona_portal/henikabu/screening.html
※2 ちなみに、この過去数週間にわたる週別の内訳は、私が都に開示請求した結果、Web上でも公開されるようになったものです。都への開示請求は厚労省に比べて圧倒的に対応が早かった。


これは、5類になったから削減された面もありますが、そもそも解析数の目標が感染者数に対する比率で定められていたことが根底にありました。

統計学の基礎的な知識から言えば、このような「感染規模に応じたゲノム解析」は極めて無駄で、むしろ流行していても沈静化していても毎週1000件を粛々と解析するほうがずっと有用※3です。(都の担当者に問い合わせたところ「厚労省の通達が感染規模に対するパーセンテージで示されているので」と答えたので、現在厚労省にパーセンテージの目標※4※5※6を示すに至った経緯を開示請求中ですが、進展が遅く、いつになるやら)

※3 総務省統計局 - 標本調査とは?
https://www.stat.go.jp/teacher/survey.html
※4 厚労省 - 新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査におけるゲノム解析及び変異株PCR 検査について(要請)
https://www.mhlw.go.jp/content/001051969.pdf
※5 正確には率と絶対数の両方が目標として示されているが、地方自治体の担当者レベルで「統計的な意義を理解して、絶対数のほうを最低限の条件として解釈する」ことは難しいし、実際に都の担当者は理解していなかった。
※6 開示請求した甲斐があったのか、他からもツッコミがあったのか、5類化以降は、パーセンテージ目標がなくなり、「都道府県ごとに、100 件/週程度を目安」に改善された。Q&Aとして「新規感染者数が 100 件/週以下の場合には、可能な限り全例をゲノム解析することが、病原体の動向把握のために望ましい」とまで記載されており、後述する私からの開示請求内容にぴったり寄り添う形となっている。しかし月間3万5000件が可能だった東京都にしてみれば、あまりに低すぎる目標だし、逆に多くの道府県では5類化前でさえ100/週に遠く及ばなかったので、5類化以降、実際に100/週の解析ができているかは今のところ不明。(それでも本当に47都道府県で4700/週の規模が担保されるなら、東京都など個々の精度には難があるものの、日本全体としては大きな改善)
https://www.mhlw.go.jp/content/001092227.pdf


というわけで、私の心の叫び。

  1. 統計学的に、誤差をできるだけ小さくする観点から、感染者数に対するパーセンテージではなく絶対数を基準にすべきだった
  2. 予算の効率化の面でも予算の見通しの面でも、やはりパーセンテージではなく絶対数基準(毎週1000件など)が優れるはず
  3. 人的な労力や効率の面でも、単純に繁忙期と閑散期を作るのは好ましくないし、まして猫の手も借りたかったはずの流行時に無駄に大量解析する余裕が本当にあったのか

ふしぎ!


そして実際に厚労省に開示請求した際に添付した文章が、こちら:

健 感 発 0 2 0 5 第 4 号
令 和 3 年 2 月 5 日
令 和 5 年 2 月 3 日 一 部 改 正
新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査におけるゲノム解析及び変異株PCR 検査について(要請)
https://www.mhlw.go.jp/content/001051969.pdf

上記文書について、「全国の変異株の発生動向を監視するため、ゲノム解析に関して、都道府県ごとに、実施率を5-10%程度又は 300-400 件/週程度を目安に、自治体主体で実施していただくようお願いします」とある。
このうち、「実施率を5-10%程度又は 300-400 件/週程度」と要請した数字的な根拠や、外部に諮問したのであればそのやり取りの内容など、当該部分の表現の決定に至る経緯を示す一切の文書。

-背景-

本来、統計学的な見地から言えば、ゲノム解析の実施件数は実施「率」ではなく実施「件数」を最低基準として担保すべきところだが、例えば東京都は感染者数の多い時期(2022年7月)に週当たり8000件もの解析を行いながら、感染者数の少ない時期(2023年3月)には週当たり300件程度に落ち込むなど、実施「率」に偏った運用がなされている。

東京都の過去1年間の解析数を平均すれば、同じ予算で1年間にわたって毎週3000件以上の解析ができていたはずであるが、感染者数の多い時期には統計的な費用対効果の薄い無駄遣いをし、感染者数の少ない時期には極めて大きな統計的な誤差を生んでいるのが実態である。また、保健所の繁忙状況的にも、感染者数の多い時期に多数のゲノム解析を行うのは効率が悪い。

斟酌するに、統計的な見識のある専門家からは、より適切な目標数値の表現が打診されたはずだが、それを厚労省の担当者が行政文書として表現する際に、そうした統計的見知の機微が失われてしまったのではないか。

なお、東京都の福祉保健局の担当者にゲノム解析数について直接尋ねたところ、やはり厚労省の「5-10%」という比率目標が、下限ばかりでなく上限としても(!)意識されているようであった。また、厚労省の「実施率を5-10%程度又は 300-400 件/週程度」という表現を、統計的な見知に基づいて適切に解釈するといった知識や裁量もないように感じられた。東京都でこれなのだから、他の都道府県の担当部局も、同様だろう。

予算的な制約も考慮するなら、「自治体の人口規模に応じて、感染者数にかかわらず人口100万人当たり200-300 件/週程度。感染者数がそれ以下であれば、可能な限りの全数」などと表現するのがよかったはずである。

以上。

厚労省への開示請求の履歴:
4月07日 請求
5月08日 開示期限の延長通知(6月6日まで)
6月06日 (スルー)
7月03日 ←いまここ (4月7日以来 ステータス : 審査中 のまま)
7月3日、記事を書いた後に思い立って、厚労省に電話してみた。開示期限の延長は請求日から60日間まで、かつ1度だけと定められているせいで、60日を過ぎても2度目の延長通知ができないらしい。バカバカしいルールをしぶしぶ遵守している状況とのことで、担当者自身も嘆いていた。ともあれ、少なくとも忘れ去られているわけではないことがわかって安心した。


(参考)
東京都への開示請求(前掲の週別内訳)の履歴:
3月14日 請求
3月14日 担当者から開示内容の確認の電話
3月15日 担当者から開示内容の確認の電話(2回目)
3月20日 開示決定通知
3月23日 Webでも公開される
4月20日 担当者からフォローの電話

東京都福祉保健局、有能すぎない?


関連: knoa.hatenablog.com